私達の建築への取り組みについて。

今後、どのような建築が求められるのか?建築にどう向き合うべきなのか?

 

 

本来、建築(住居)とは何でしょうか?、今後の建築はどうあるべきなのでしょうか?どのように進化してゆくのでしょうか?

時には根源に立ち返ってみることも大切であると思っております。大くくりではありますが、「これからの建築はどうあるべきなのかな?」のヒントを感じ取れたらと思います。

こちらでは主に日本の建築を、あくまでも既存の定説に沿って考えてみたいと思います。よろしかったら、しばしお付き合いください。

   

根源的な建築(住居)の定義とは最低限、雨露をしのげて、自然現象や外敵から身を守ってくれる立体空間であるかと思います。

 

当初の建築(住居)は、斜面の横穴や窪みを利用したもの、竪穴式住居のように、地面を掘り下げて上部を覆ったもの、

北東アジアの一部では、現在も引き継がれている、ゲル(パオ、ユルト、ユルタ等)と呼ばれる組立て式のもの等、気候風土、生活スタイル、外敵からの防御のため、

建築(住居)の形状はコンパクトで実用性が主体なものでした。男性は外で狩りや漁をして食料を確保し、女性は家事が主体で、家を守る役割が主なようでした。

狭く質素な空間ながら、そこには多分、団らんがあり、ある意味理想的な家族の姿が想像されます。

 

縄文時代から弥生時代にかけては、人口が増えるとともに農耕が発達し、人は土地に定着するようになり、自ずと集落が形成されます。

そして、生産した穀物を湿気や害虫から守るために、高床式の倉庫が必要でした。重い穀物を高床式の倉庫に保管するためには、太い柱、梁等が必要です。

このあたりから、後の神明造りや大社造りへ繋がる建築技術が発祥したと思われます。この時代はまだ、掘立柱建物で、地盤に穴を掘って柱を埋めて固定する方法でした。

日本は温暖湿潤気候で、水源、緑が多く、豊かな土壌により、農耕が発達しました。また、豊富な森林資源は、良質な建築材を流通してゆきます。

 

少し話がそれます。あくまでも主観ですが、弥生時代から古墳時代、飛鳥時代へと移行する上で、比較的短期間で服装や髪型がかなり変化していることに、

不自然さを感じたことはないでしょうか?この辺りが、日本に他の文化が多く流入した時期だと思われますので、その影響は少なからずあるかと思います。

諸説あるようですが、私達日本人のルーツに繋がる時代かと思われます。

 

さて、話を戻します。時代は下り、飛鳥時代に入ると、仏教の伝来とともに、寺院建築の技術が大陸、朝鮮半島から伝わります。また、平安時代になると、貴族を中心とした格差社会となり、

では人口密度は高まり、一般庶民は貧しく、住まいは簡素な木造長屋形式でした。地方ではまだ竪穴式住居が主流であったようです。また、大陸から宮殿建築の技術が導入され、

日本の気候風土に適った形態へと変化して、寝殿造りが誕生します。以降、貴族、武家を中心にした建築技術は進化を遂げ、書院造へと開花してゆきます。

 

日本の場合は木造家屋が主体ですので、高さに限界があり、必然的に横へ拡がることとなり、都市部では過密化し、一般庶民の住まいは長屋形式となります。

日本の気候風土、資源活用に適した建物は、木造であるはずなのですが、日本は地震が多く、おのずと規模にも限界があります。

また。長屋等の密集地での火災は大火につながります。ある意味、地震、大火が多いことが、豊かな森林資源を建築に活用する足かせになっていたともいえますし、

反面、地震に強い木組み、仕口、継手が生まれ、木造の耐震技術を発達させることができ、また、消防体制が確立された訳です。

もしも、日本に地震がなければ、もっと表現豊かで、大規模な木造建築が多かったことと想像されます。

 

時代が下り、江戸期になると、徳川幕府の長期安定政権により、成熟した文化が形成されました。名工が腕を競い、建物は装飾が増え、贅を尽くした建築が登場します。

匠による木造建築集大成の時代と言っても過言ではないかと思います。

 

江戸期は究極の循環型エコ、リサイクル社会であったと言われています。

壊れたら修理して可能な限り使い続けるのが当然で、鍋、包丁、傘、行灯、草鞋、下駄等、多種の修理屋さんが存在しました。

江戸市中は道端にはゴミがほぼ無く、綺麗であったようです。くず紙を買い取る業者がおり、再生して、落とし紙、浅草紙として使われました。

また、古着屋が多く、上手く手直しして、家族で着まわしていたようです。着物として使用出来なくなると、おしめや、雑巾に変わります。

更に再生出来なくなると、焼却して灰にし、肥料、灰汁抜き材として使われました。

食品は行商人から購入するため、受け取るには持参の鍋、皿で賄えるので包装は不要です。

行灯は主に魚油で灯していましたが、基本、暗くなったら寝る家庭が多かったようです。

尚、多くの庶民は長屋暮らしで、井戸、銭湯を利用しますので、現在よりも水や燃料の消費も少ない訳です。

 

時代は更に下り、明治期に入ると、西洋、米国から鉄筋コンクリート造、鉄骨造の技術を導入し、大規模な建物を建造することが出来るようになりました。

都市部では人口増加に伴い、高層建築が増え、必然的に木造の建物は淘汰されてゆきます。また、大都市圏では、震災や戦禍により、多数の木造建築物が焼失しています。

  

一気に駆け抜けましたが、現代はどうでしょうか?

ここで、明治期以前と以降(特に昭和20年以降)での建築に関わる大きな変化を、大まかですが、まとめてみます。

 

1、農業、漁業人口の減少に伴い大家族から核家族化へ。

2、人口の増加に伴い、特に都市部は急な人口集中により、秩序乏しく過密化する。

3、若年人口の減少、高齢者の増加に伴って労働年齢も延長される。、自ずと高齢者を中心とした社会に移行する。

4、交通手段の発達により、日常の行動範囲が拡大し、住まいと職場が遠距離化する。

5、土地の有効活用、道路整備、木造家屋密集化防止のため、高層化された建物が普及する。

6、通信手段の発達により、コミュニケーションの選択肢が拡がり、短時間で遠隔の多くの人と交信でき、情報を入手できるようになる。

7、ハウスメーカー、建材メーカーの誕生、躍進により、部材、建材の規格化、工業製品化、工期の短縮化が進む。

8、部材、建材の規格化、工業製品化、プレカット、木材加工、接合技術が進歩するが、木造の場合は特に在来の伝統技術、継承者が衰退する。

9、昭和25年に制定された建築基準法に基づく関連諸法は多岐にわたり、数々改正追加され、内容は益々複雑化し、決済までに相当な時間と労力が必要となる。

10、パソコン、インターネット、宅配便の普及により、無店舗でも商品の取引、受け渡しが容易に出来るようになる。

11、建設、製造、運輸流通、情報通信産業等、主要産業全体に於いて、受注からお引渡しまでの所要時間が短縮化する。

12、外国人観光客、定住者が増加し、外国人就業者も増加する。

13、気象の変化が激しく、ゲリラ豪雨が頻発し、自然現象等による災害が巨大化する。

14、特に東京は、東京オリンピックに前後して、高速道路、幹線道路の心ない整備、立体化工事により、河川や近隣に日影をつくり、運河のある美しい街並みを変貌させた。

 

ここで、もう一度本来の建築の定義に戻って考えてみたいと思います。

当初は、必要最低限で、土地の形状を利用した建物や、移動できる簡易的な建物でした。

しかし、時代の流れとともに、様々なものを付け加えていかなければいけません。必然的に建物は巨大化し、複雑化していきます。

当初のシンプルな姿から、どんどんかけ離れていきます。人口が増加し、益々複雑化する現代に於いて、都市、街並みが過密化する程、景観、美観、心地よさ、

安全性を大切にしなければいけないのだと思います。特に建物の高層化は土地の有効活用が主な目的なのですが、人々が求める建築の姿とは、かけ離れているのかもしれません。

 

高層化による弊害と問題

1、今までの景観を切り取り、採光、空気の流れを変えてしまう。

2、建物内から地上への避難経路が限定されることにより、混雑時の早急な避難に問題がある。

3、災害等によりエレベーターが停止した場合、階段での移動となるため、高層階は特に継続して利用するのは非現実的となる。

4、建物の経年劣化による補修、修理(設備も含め)費用が嵩む。

5、火災、地震等の災害時に高所から飛散物が落下してくる恐れがある。

 

さて、人口の都市部への一極集中は更に増し、それに伴って地方は過疎化が進んでいます。

高齢化社会となり、2018年の統計によると65歳以上の人口比率は男性が25%、女性は31%で、世界ランク一位です。

一方、働き盛りの20歳から64歳までの人口比率は、男性が57%、女性が53%です。これは統計上の比率であって、実際の労働人口はもっと少ない訳です。

2030年には三人に一人が65歳以上となる推計もあります。

 

建築技術、資材、建設機械は多様に進化しましたが、それを駆使して建設作業に携わるのは今も人間です。

昨今は、建設関連従事者の高齢化、若年人口の減少、後継者不足により、マンパワーが特段に不足しているのが実状です。

3Kもあるでしょうが、事業者も自分達のことで精一杯で、徒弟制度のような、人を育てる環境は過去のこととなりつつあります。

中小の事業者単位では、もはや人を育てる力はないかと思われます。特に日本の伝統木造建築技術を大切に継承している事業者、職人は少数となっています。

現場従事者は益々高齢化し、時間外労働を余儀なくされているのが実情です。このままでは日本の建築業界に明るい未来を見出すことは難しいことでしょう。

誰も自分の子供や学生の就職先に、建築業界を心から勧める人は少ないのではないでしょうか?

 

何故こうなったのか?どうすればよいのか?

主観になりますが、多分、大きな要因はこの3つです。

 

1、複雑な申請手続き、多岐に絡み合った法律により、がんじがらめの設計と工事。

一つの建築をつくるためには、様々な法的な手続きや申請、資格が必要です。これはこれで必要と思うのですが、あまりにも複雑すぎて、

混乱を引き起こす要因となっています。また、仕事の回転率も低下します。その上、設計料は据え置きで経営が厳しくなり、益々一つの仕事へ割り当てられる時間は減少し、

その穴埋めは、長時間労働を強いることに繋がります。建設会社も同様で、許可が下りなければ着工できず、工程の組み直し、職人、材料、資材手配の再調整等、自ずと回転率は低下します。

また、多くの設計図や資料作成には相応の時間がかかりますが、建築全体に与えられた時間は以前より縮小気味にも関わらず、工事は複雑化しています。

それをどこかで補わなければなりません。建設費を抑えるためには工期短縮が大きいのです。結果、設計に注ぐ時間の短縮。短期工事となる設計、工法の選択。

十分な精査が伴わない判断。結果として、品質の低下やミスを招くことになります。

最近の建物が画一的で没個性的に感じることはないでしょうか?

建築に個性は必要ないのでしょうか?

 

建築は規模が大きく長期間存在します。多くの人の目に触れ、その場のランドマークともなり、記憶に残るものです。

よって、外観も丁寧にデザインされたものでなければいけないのだと思います。

 

2、餅は餅屋

元々は専業であった訳ですが、現在は建材メーカーが住宅をつくったり、住宅メーカーがビル建設や福祉事業に参入したりと、職種の垣根がなくなり、

以前の客がライバルとなるケースもあります。これは時代の流れというか、悪く言えば節操がないというか、社会の仕組みの変化です。結果としてライバルが増えた訳です。

ライバルも必要だと思うのですが、多すぎると生き残り競争が激化し、しまいには価格競争となってしのぎを削り、品質の低下を招き、自身の首をしめる結果にもなります。

そう指摘する弊社自体も、仕事の間口を徐々に拡げているのが実情なのですが。

 

3、ゆとりと寛容

上記のまとめ的な内容になりますが、大まかに言えば、ゆとり、余裕がないこと、人を活かし育てようという精神、目や身体、魂に心地よいものを受容する気持ちが欠落しているのかなと思います。

日々の生活に追われて、建築や今後の対策、周りを俯瞰して、じっくり考える余裕がもてないのではないでしょうか。これからは複雑化した建設環境に見合った、ゆとりが必要なのだと思います。

そのためにも、権利を主張して人を追い込むことや、重箱の隅をつつく行為よりも、ある程度は寛容で、将来を見据えて活かしてあげようとする精神も、今の私達には必要なのではないでしょうか。

 

以上により、まずは建築界に早急に必要なことは、官民の垣根を越えて、複雑な申請システムを改めること。規模、内容に見合った工期の最短限度を設けること。

そして、人材育成にとりかかることだと思います。軌道に乗るまでは、業種のテリトリーを越えた、補い合い、連携も必要と思われます。

このような時代に、後世のためにも、どのような建築、建築界が求められ、私達はどのようなアプローチが必要であるのか?

腰を据えて考えなければいけない状況です。

 

今後もこのページを追記する予定です。よろしければ、ご意見、ご感想をお寄せ下さい。お付き合いありがとうございました。

  

下記は私達が建築を設計する上で大切にしている7つの事項です。ごく当たり前のことなのですが列記させて頂きます。

  

1、   土地の性質、陰陽のバランス、心身の健康、周囲への影響等、目に見えないものを大切にすること。 

2、    元来の地形、周囲の風土、風景を尊重し、その場に溶け込み、美しく劣化させること。

3、   丁寧にデザインすることは当然ながら、日々快適で使いやすく、掃除しやすい空間であること。 

4、    進化や用途の変更に柔軟で、空間的、構造的にも余裕のある計画とすること。よって天災にも強い建物であること。 

5、    建設資金の借入返済、維持管理費が重荷にならないように計画すること。 

6、    常に人材の育成に努め、人材を育成する環境の場に積極的に加わること。

7、    設計と工事期間は、規模、内容に応じて、相応の時間を頂いて取り組むこと。

 

私達はこの7つの事項を守ることが建築をつくる上で、また、後世に建築を引き継ぐ上でも大切と考えています。 (文責:田村 2021/2/27追記修正)